創業者(一代目)
鬼頭 劒之助 〈1883〜1971〉

明治15年熱田に魚屋の息子として生まれる。
仲買として旧魚市場(内田橋付近)で生計をたてるも商才があり一念発起。その地ににて「廣寿司」を興す。
戦前には大須に木造3階建ての本店を構えて市内に15の支店を有するに至るなど一代で財を成す が、戦争で財産の殆どを失う。
その後旧国鉄の名駅構内の店から一歩を踏み出し、昭和25年には会社登記(合資会社 廣寿司)、柳橋に本店を置く。
根っからの働き者で豪放磊落にして先見の明あり。
昭和46年4月29日没 88歳
(初代女将・妻)ひろ

〔趣味・特技〕
仕事、相撲甚句、
お酒(50歳でやめる)



ニ代目
鬼頭 章夫 〈1919〜1995〉

大正8年熱田に生まれる。
19歳の時から家業に入り寿司を握り始めて、先代の意志を受け継いでいった。
昭和28年柳橋に本店設立後、いち早く名古屋駅前地下街(メイチカ)にも出店。
昭和46年1月に本店を火災で失うという不運に遭ったが、その年の11月には鉄筋5階建てのモダンな廣寿司ビルを建て立ち直りを図る。
その後、時流に乗って発展を遂げ、廣寿司全盛時代を引き継ぐ。
平成4年10月にウインビル建てる。
仕事においては繊細で石橋を叩いて渡る経営だったが、プライベートの方は豪快であらゆる方面に幅広い人脈と力を持った。
おしゃれで、趣味も多方面に渡り、日本舞踊やマジックをするなど人を楽しませることが好きなエンターテーナーでもあった。
平成7年11月9日没 77歳
(2代目女将・妻)喜久子

〔趣味・特技〕
マジック(手品)、
日本舞踊、ゴルフ、旅行、
写真、車、ダンス他
陶芸(晩年)、絵(晩年)

秘蔵写真1  秘蔵写真2 



三代目
鬼頭 浩

熱田に生まれる。
東海高校から大学進学の為上京。
慶応義塾大学商学部卒業後、東京ヒルトンホテル(現キャピトル東急)に勤める。
約4年サービス業を勉強した後、名古屋に戻り家業に入る。
洋風宴会場のPRも兼ねて、趣味の一つであった落語寄席を開いて大好評を得る(毎月1回で10年以上続いた。)など、常に新しい事を考えるアイデアマンでもある。

〔趣味・特技〕
サウナ、海釣り、音楽鑑賞



四代目
鬼頭 妥拡 〈1971〜〉

昭和46年熱田に生まれる。
東海高校から大学進学の為上京。
青山学院大学卒業後、ヒルトン東京(新宿)に勤める。
約4年サービス業を勉強した後、名古屋に戻り家業に入る。

〔趣味・特技〕
テニス