明治38年、名古屋・熱田神宮近くでオープンしたのが最初。
当時には珍しい廣寿司特有の味、穴子の「切寿司」を看板に店を構えたところ、これが大当たり。
切寿司は、地元特産の穴子と角麩で作り、女性や子供にも馴染み易い甘めの<たれ>を付けて出したことが評判を呼んだ。

その後、上前津(中区)、鶴舞(中、昭和区)、名古屋駅前、代官町(東区)など、市内の要所に15の支店を出し、市内屈指の大型店へと成長していった。
昭和に入り、やがて窮屈な戦時下となり、市内でも一斉に「企業整備」へ。
当然のように、『廣寿司』も対象とされ、その大半の店は「営業ストップ」。例外的に営業が認められた名駅前と大須の2店で商売していた。

戦後間もない昭和28年、現在の柳橋に木造2階建ての本店を構えたところ、 顧客が廣寿司の味を思い出し、引き続きご贔屓にして下さったおかげで、店は再び繁盛した。

昭和46年1月天かすの自然発火で、本店(4階建て)全焼という不運にも遭ったが、
その年の11月、廣寿司ビル(5階建て)に模様変えして立ち直り、
『寿司は廣寿司、柳橋』 などの名文句も生まれる程だった。
寿司店のお酢の使用量、日本全国で2番目だったことからも人気ぶりがうかがえる。
こうして 廣寿司本店は、社員約200名ほど抱え、名古屋の味処、名古屋名物寿司として完全に定着していった。
平成4年10月に柳橋廣寿司ビルをウインビルに建て替え、平成13年4月末まで柳橋で営業。

現在は、名古屋の玄関口JR名古屋駅店、名古屋駅前地下街メイチカ店、栄森の地下街店の3店で100余年続く伝統の味を気軽に楽しむ事ができる。
名物「切寿司」は日赤病院(中村、八事)でも販売している。

☆これまでに、板前修業からのれん分けで独立した店が50数軒ある☆

本店変遷の歴史
歴代社長の横顔
スクラップ記事より